ナノグラフェンに窒素やホウ素などの典型元素を組み込んだり、六員環以外の構造を組み込んだものはヘテロナノグラフェンと呼ばれています。
我々はその中でも、中央に八員環を有し、その周囲をピロール環とベンゼン環で取り囲んだ"テトラアザ[8]サーキュレン"と呼ばれる分子を世界にさきがけて合成しました。
炭素と水素のみで構成された[8]サーキュレンは鞍型に歪んだ構造を有するのに対し、テトラアザ[8]サーキュレンは剛直な平面構造を有しています。他にも青色発光を示すなど、様々な特徴的な性質が見出されています。
我々はその合成化学を探求すると同時に、ユニークな機能性を利用してテトラアザ[8]サーキュレン独自の応用展開を追求しています。
ヘテロサーキュレンの化学
"fold-in"型反応による合成
一般的に、ナノグラフェンを合成する際には中央の骨格を外に拡張する形で、外周部の炭素ー炭素結合生成反応を最終ステップにすることが多いのですが、我々はそれとは真逆な合成戦略を用いました。
つまり、大環状化合物を先に合成して外側の炭素骨格を作ってから、内部の炭素ー炭素結合生成反応を最終ステップにする戦略です。
この方法は、"fold-in"型合成戦略と呼ばれ、柔軟な構造の大環状化合物を剛直な構造のサーキュレンに変換する強力な手法です。
この戦略に従い、オルトフェニレンで架橋されたピロール四量体を酸化することでテトラベンゾテトラアザ[8]サーキュレンを一挙に構築することができました。
安定ラジカルカチオンの生成
テトラアザ[8]サーキュレンのNH部分はアルキル化が可能であるが、アリール化は進行しないことがわかっていました。しかし、チオフェンジオキシドに対するアニリンの求核置換反応をおこなうことで、N-アリール化テトラアザ[8]サーキュレンの合成に成功しました。
得られたN-アリール化体に対し一電子酸化剤であるマジックブルーを作用させると、テトラアザ[8]サーキュレンのラジカルカチオン体が得られました。この化学種は、空気や水にも安定な開核系化学種であることが種々の測定により明らかになりました。
また、このラジカルカチオン体は2000nmにまで及ぶ赤外吸収を示すこともわかりました。このような性質は、テトラアザ[8]サーキュレンの高い対称性と広いπ平面にスピンを分散させやすい性質に由来すると考えています。
fold-in型反応の拡張
fold-in型反応をより大きなサイズの環状前駆体に対して適用しました。環状ピロール五量体からは、中央に十員環を有するペンタアザ[10]サーキュレンが得られました。
この化合物は鞍型に歪んだ構造を有し、溶液中で非常に早い動的構造変化を起こしていることがわかりました。
一方、環状ピロール六量体からの反応ではすべてのピロールが結合せず、5つのピロール環が縮合したクローズドヘリセンと呼ばれる構造が選択的に得られました。
得られたヘリセンは、キラルカラムに通すことでエナンチオマーを分離することもできました。
アザヘリセンの合成
ピロール骨格のNHサイトが溶媒分子と水素結合をすることで溶解性が高まることを利用して、アザヘリセンの合成の限界に挑戦しました。
この戦略は思いの外有効であり、最長でアザ[19]ヘリセンの合成まで達成することができました。これは、電子共役が伸長したヘテロヘリセンとしては世界最長と言える化合物です。
一連のアザヘリセンの構造・光物性・電気化学特性を系統的に調査し、その特徴を更なる機能性分子の設計に生かそうと考えています。